サファリの手帖  <国立公園・保護区の「外」がオモシロイ> Top Pageへ戻る
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今、国立公園・保護区の「外」がオモシロイ
 ケニアを始め多くのアフリカ諸国で重要な観光資源と言えば、野生動物と彼らの生息する自然環境である。ケニアだけでも27の国立公園(内陸部23海洋公園4)に加え、地方自治体管理運営の自然保護区、民間管理の自然保護区多数があり、それらの総面積は国土の8%、年間100万人に近い国外からの観光客を集め続けている。
 不可欠の外貨収入をもたらす観光業が繁盛するのは国家にとっても一般人にとっても嬉しいことである。嬉しいことではあるけれど、野生生物とその生息環境という言わば「壊れモノ」が観光の目玉であることは物事を少々複雑化する。
 ひとつは、大勢の観光客とその世話をする従業員、職員等がもたらす環境負荷の問題だ。宿泊すれば食事をし、用も足せばシャワーも浴びる。塵芥・汚水が発生し、そのほとんど全部が保護区内で処理される。政府の定める環境基準はあるけれど、燃やそうが埋めようが有を完全な無に帰する手段がない以上、外部から持ち込まれたこれら一切合財は何らかの形で生態系内に残留する。100年後、200年後にこれらがどの様な影響を顕現させるのか、正確に見通せる者はどこにもいない。
 今ひとつも環境負荷と言えば言えるのだけれど性格は少し異なる。観光車両がもたらす、野生動植物への具体的・直接的な弊害だ。
 アフリカへ野生動物を見に来た以上、生涯の記憶に残るようなシーンに立ち合いたいと願うのは誰しも同じ。これを良く知る案内役のドライバー/ガイドは顧客へのサービス精神と幾許かの「余分なチップ」への期待感から「劇的シーン」を求めクルマを走らせる。それが観光の目的である以上避けようはないのだけれど、これがしばしば行き過ぎてしまう。いつぞやケニアの新聞に1頭のチータを取り巻く100台を超えるツアーバスの写真が一面トップで掲載されていたけれど、現実にそういうことが繰り返されている。先日出かけたマサイ・マラでも同様のことがあった。ガゼルの群れにジワジワ近づく2頭の♂チータ。腹のへこみ具合を見ても彼らがハンティングを欲しているのは明らかな日暮れ前。クローズアップ写真を撮らせようとこの2頭に代わる代わる近づくツアーバス約15台。チータが動くにつれクルマもポジション狙いで先陣争いのように回り込み合う。無線で聞きつけた他のクルマも遠くからハイスピードでやって来る。チータに気付いていなかったガゼルではあったけれど、この騒ぎに無関心でいるわけもない。大柄なオスがほどなくチータの姿を認め群れに向かって警戒音を発する。頭を下げ草を食んでいたメスも子どもも一斉に頭を上げ警戒音とは逆方向に走り出す。 闇夜に狩りをすることのない♂チータ2頭は少なくとも翌朝まで絶食を強いられることとなってしまった。――

 そんなこんなの様々な理由で、僕は数年前から「保護区の外」に多大な関心を抱いている。関心を抱いてあちらこちら、保護区や国立公園近隣の【バッファ・ゾーン】を見て回っている。四半世紀を超えてしまった東アフリカでの自然番組取材の経験が下地の散策だから、それはやはりマサイ・ランドの見聞に偏らざるを得ないのだけれど、そもそもの始めから、この探索行は思った通りの面白さに満ち溢れていた。

〜 目 次 〜

雨季のロイタ平原
ロイタ平原のロケ仕事
フィールド・ワーク
ヒナのいる巣
ロイタ・ロケ、再び
牛に曳かれて善光寺…ではないけれど
彼我の格差
だから、という訳でもないけれど…

 
雨季のロイタ平原
LoitaPlains
 マサイ・マラ国立保護区から東北東に50Kmばかり離れた所に「ロイタ丘陵」という2千メートル級の連なりがある。丘陵はアフリカ大地溝帯の一部であり、東部は海抜500メートルまで一気に落ち込む急峻な断崖を形成している所もあり、景観が見事だ。
 一方、丘陵西部の麓には広大な高地平野が広がり、豊かに実る草原は数百万年単位で野生生物の繁殖・生存を、また、過去数百年間は遊牧民・マサイの暮らしを支えてきた。携帯電話の中継アンテナや行き交うバイク・タクシー、散見される柵やトタン屋根を除けば、昔ながらのマサイの暮らしが色濃く残っている地域である。
 ケニアに小雨季の近づく10月初旬、マサイ・マラのヌーやシマウマの多くが出産地であるセレンゲティー平原目指しボツボツ南下を始める。1年周期の季節移動「グレート・マイグレーション (Great Migration) 」南行の始まりだ。
 マイグレーションというと皆が皆セレンゲティーへ移動するような印象があるけれど、南ならぬ「北」へ向かう個体群も少なくない。北へ向かい、保護区から20〜100Kmほどの一帯に展開し出産する群れも多くある。そこは昔ながらのマサイの放牧地であり、マサイはこの時期、野生動物が持ち込む伝染病を恐れ家畜の主要群を離れた地域に移動させ接触を避ける。――農耕民の進出に押され南スーダン/エチオピアから移住して来て以来、数百年続く年中行事である。

LoitaPlains-Long ヌーたちが大挙して押し寄せ草を食み或いは出産するこの時期、マサイの放牧地は野生の王国へと鮮やかな変貌を遂げる。
 見晴るかす草原の果てまで大型草食獣が散開し、木陰に日差しを避ける群れがいる。動物のどこかの切れ端をくわえて走るハイエナがおり、他の食べ残しを漁るハゲワシ、ハゲコウ、やや離れて隙を伺うジャッカル。
 ――その場にいてこれらを目撃しているのは自分のクルマただ1台で、他には牛・ヤギを追う少年マサイと、草原の只中に寄り添うように建てられた数軒のマニャッタ――マサイ族の住居を遠望するのみだ。ツーリストバスはおろか、タイヤ痕の轍さえ必要最低限の一本が通っているだけの、たおやかな起伏を感じさせるだだっ広い平原。地溝帯の崖を駆け上がり突如開けた平原に戸惑いつつもただひた走って来るような東風が重く吹きつけてくる。アフリカ大陸の大草原の片隅にいて自然の出来事を呆けたように眺めていると「あぁ、自分は地球の上にいるのだな」と、心細い様な、それでいてそこはかとない心地良さに満ちた至福の宙ぶらりん涅槃楽耽溺状態となり、ただ時が過ぎて行く。脳細胞の隅々までドーパミン漬けとなっているに違いない。
 
ロイタ平原のロケ仕事
 こうしたバッファ・ゾーンは、しかし、呆けるだけ以外にも実際的な効用がある。
 「ヘビクイワシの生態を30分番組で取り上げたいが、いつ、どこで撮ったら良かろうか」という問合せが日本のテレビ局から入った。
 動物を見て回るゲームドライブの道すがらよく見かける優美な姿の大型鳥だが、さて、改めて生態を撮影するとなると時期も場所も特定するのは難しい。ケニアの旅行業界にいる鳥好きや国立博物館に集まる好事家のお歴々にアドバイスを求めてみるけれど芳しい回答は得られない。

SecretryBird  問合せをを貰った当初から自分の中には「ロイタ平原の"あの一角"に居続ければ何がしか撮れるに違いない」という思いはあった。あったけれども、自分の"勘"だけで5週間に及ぶロケの取材地を決定するのは無理がある。出かけて行って2泊3日も過ごせばそれなりの確認もできるだろうが、日本の担当ディレクターは調査費用の事前出費はできません、と言う。
 そうした中、会社を共同経営している連れ合いは費用の掛からない情報集めに躍起となっている。前述の問合せ諸々も連れ合いの努力の結果得られたものばかり。ちなみに、連れ合いはある日電話で得た情報の確認にナイロビ近郊の牧場へ出かけ、牧草地にあるアカシア樹上5メートルほどの巣に卵や雛がいないものかと、情報源でもあるケニア人のバードウォッチャーと確認作業に勤しんだ。結果は空振りだったのだが、クルマから降りていた僅かの間に合計30数ヶ所、下半身中心にダニに食われまくったのであった。
 ――そういう皆さんの努力を自分の勘だけで覆すのは、いくらワタシでも気が引ける。確たる情報を得られぬまま日々は過ぎ、ロケ隊の到着日が迫って来る。

 連れ合いの努力空しくもう万歳、お手上げだ、という事態に立ち至ったところでロイタ平原のことを提案してみた。ワタシに対しどちらかと言えば不信に傾いた日常意識を持つ連れ合いは半信半疑で、客の入らぬ宿をその地域に営むマサイの友人に電話をかける。友人にとって宿はサイド・ビジネスで、本人はナイロビに事務所を持つ歴とした法律家・弁護士である。電話に出たのは友人の奥方で、宿のきりもりはむしろマサイ族ではないこの奥方の役割だ。連れ合いの問いかけに奥方は、「えぇ、えぇ、えぇ。あの鳥なら近所に沢山いますとも」と、いともあっさり請け負ってくれる。近くの小麦畑の収穫時期は特に多くて1日に100羽は見かけるわね、と、不安を煽る安請負を連発してくれるのだった。

 ロケ隊がやって来て、ひとまずはナイロビ至近、ダニの牧草地へ連れ合いが案内する。早朝立ち・昼弁当持参の日帰りロケハンで、とにもかくにも見て貰おうという作戦だ。件の巣の近くに複数のヘビクイワシを確認し、たたらを踏んでエサとなるネズミやバッタを草むらから追い出す特異なハンティング行動をカメラに収めることもできた。見た内の2羽はどうやらオス・メスのカップルのようで、それらしい挨拶行動も撮るには撮れた。しかし、草原にアカシアが疎らに生えるサバンナらしき見かけではあっても事実そこは牧草地。他にロケ地が見つからなければそこでするしかないけれど別の場所もロケハンしたい、というのがディレクターの意見。至極もっともである。
 次なる候補はロイタ平原。自分の「勘」はそこ以外に適地はないとハッキリ言っているのだけれど、それを説明し検証に供するに足る事実の持ち合わせがない。それで、ケニア人バードウォッチャーにロケハンを依頼し前々日に先乗りして貰っておいた。
 その彼が我々のロイタ出発前夜電話をして来て「巣造りをするカップル一組を確認したが卵もヒナもなく、ロイタに来ても無駄足になろう。自分はこの後マサイ・マラまで足を伸ばしてロケ地を必ず見つけるから、ひとまずは自分の見つけた牧草地でロケしていてはどうだろう」と、言ってきた。ディレクターは、牧草地で撮影しているよりは一つでも余計に候補地を見ておきたい。バードウォッチャーの彼が本命と考えているマサイ・マラにも近づく訳だし、ともかくロイタへ移動する、ということになった。

 翌日、昼食前に宿に着く。カメラマンは特殊機材を含む膨大な機材の荷を解き、機材チェックを済ませておきたいと言うので、昼食後ディレクターとバードウォッチャーと自分。宿付きマサイの通訳兼ガイドにナイロビから来たドライバーの5人でフィールドに出た。時は9月下旬、大乾季の終わりに近く、草原はカラカラに乾燥していた。
Sec.Birds   地形や植生、生息動物の種類などを概観しつつ撮影対象ヘビクイワシを捜す。ほどなくして地面を歩く一羽を見つける。この鳥は個体識別はおろか外観だけで雌雄を見分けることすら不可能なので、前日に見たと言うカップルの片割れなのか別個体なのか、何も分からない。ともかく、生息圏と思われる辺りをゆっくりと走り回る。ヤギやヒツジを放牧する少年があれば近づき、宿付きガイドのジャクソンが目撃情報などを尋ね、それに基づきまた走る。アカシアの高木に囲まれた一角にキリスト教会の作った共同井戸があり、手漕ぎポンプで水を汲む少女たちがあったので彼女たちにもジャクソンが尋ねる。それらで得た情報によればヘビクイワシ複数が周辺に生息することは間違いない様だ。
 カップルが巣に戻る時分だと言うのでそちらに向かう。宿からクルマで5分以内のアカシア樹上10メートルほどにその巣はあった。仮にそこで産卵・子育てという事態が起きても、撮影するには少々高過ぎる巣だ。
 ほどなくして2羽が巣に戻る。戻った2羽は立ったまま向き合い、お辞儀の動作を何回も繰り返す。やめたかと思うと暫しの合間をおいてまたお辞儀をし合う。交尾に繋がる求愛行動であろうからと、そうした結末を期待し一同眺めていたけれど、やがて2羽とも座り込み、時折りこちらに凝視を向けたりもしつつ静かに夕日を浴びているのみであった。

 
フィールド・ワーク

 バードウォッチャー君は更なるロケハンを続行すべくマサイ・マラへ向けて旅立ち、我々はそこに残って周囲のヘビクイワシを撮影しつつ吉報を待つという手筈となった、翌朝。
 朝食を宿で済ませてから昨日のカップルの巣へ行く。が、当然2羽とも既に巣から降りていて姿が見えない。地元民ジャクソンの視力とマサイとしての経験を頼りにヘビクイワシを捜してクルマを走らせる。運転するエリックは農耕部族の出身であるものの、古来、野生動物を蛋白源として狩る習慣のある種族の出で、子ども時代は家族全員の食料確保という重大任務を背負ってブッシュを歩き回った、と言う。そのユニークな経験のせいばかりではあるまいけれど、エリックはロケの期間中を通して人並みはずれた能力を度々発揮、ロケの成功に多大な貢献を果たしてくれることになる。
 やがて、草原を縁取る様に連なるホイッスリング・アカシアの林に1羽のヘビクイワシが見つかる。少し足早な歩調で草原と林の際を、前方地面にエサを探る視線を配りつつ、それでも優雅な趣は失わず、歩いている。一時停止をしてカメラを三脚に載せ追跡を続ける。ヘビクイワシが突然羽を広げて猛ダッシュ、20メートルほど行った草むらの根方を右足で何度か蹴って首を下げ、上げながら嘴にくわえた何かを喉の奥に飲み込んだ。バッタだろうか? 瞬時に始まり数刻で終わったこの一連を、カメラマンは1コマたりとも収録することができなかった。前年にナミビアでカラカルを1ヶ月強追いかけた経験があるとはいうものの、地上を歩く鳥などという撮影対象はもちろん初めてのこと。――と言うより、ヘビクイワシの生態ドキュメンタリー自体これまで見た記憶はないから、カメラマンは大変稀有な事柄に初挑戦していることになる。フィールドで出合う一つ一つをその場で即座に教材として咀嚼しつつ、同時にビデオテープに確実に記録して行かねばならない。容易な仕事ではない。
 休む間もなくまた歩くヘビクイワシを続けて追う。三脚脇にカメラを押さえながら立つカメラマンの立ち姿が少し違って見える。次の出来事は逃すまいと、首から肩の辺りに気魄がこもっているかに感じられるのだ。 ――またロケが始まったな、と、アカシアの潅木越しに青く霞む遠い丘など僕は眺めた。
 ヘビクイワシの足がアカシアの低木が密生する林の中へと、好ましからぬ方向へ進み始めた。使っている大型のランドクルーザーでなく小型車だったとしても入り込めない、棘だらけのアカシア樹林帯に入り込もうとしている。彼女(ということにしよう)としてもクルマに追跡されるなど初体験であろうから、これを嫌って樹林帯で追っ手を撒いてしまおうという作戦なのかも知れない。或いは、ただ単に樹林帯にエサの当てがあってのことかも知れないが、いずれにしても都合の悪いことに違いはない。追跡も撮影もできなくなる。――けれど、彼女はお構いなし、樹林帯の奥に姿を消してしまった。
 エリックは樹林帯内部に入り込めそうな隙間を探して迂回し、アカシアの棘に時折りボディをこすられながらも木々の間を縫って行く。右に左に隙間を探して文字通りの右往左往を繰り返す内、彼女を見失った場所もその時の進行方向も僕にはまったく判然としなくなる。
 定められた保護区の外の最大の利点がこの行動の自由さだ。多くのツーリストがひっきりなしに訪れる公園や保護区では、植生保護の目的で行動の自由が大きく制限される。重たい観光車両が草原を自由に走り回れば草食獣の食糧である草は根こそぎダメージを受け、草原はついには死んでしまうことになる。
 その点「外」の一般平原に観光車両が集中することはなく、一度できた轍を何十台もの車両が繰り返し踏み固め草の根を殺してしまう、という懸念はない。我々が作る轍をなぞって追って来る者はなく、ヘビクイワシも同じ所を繰り返し歩く習性を持っているわけではないから、我々が再びその轍を踏む可能性は限りなくゼロに近い。野草の再生力の方が、ランドクルーザーのタイヤの破壊力を遥かに上回っている筈だ。
 30分ほども走りアカシアの密集を出外れた。疎らな立ち木のある広場のような草原だ。エリックはしばし停車して辺りを見回し、隣席のジャクソンと何事か言い交わすと30メートルほど移動。ヘビクイワシの姿は見えないけれど、また停車した。後部に陣取る我々は開いた天井から首を突き出し双眼鏡を目に当てて周囲を眺め回す。が、撮影対象は見当たらない。耳を澄ましてもみるけれど、風の音以外に聞こえるものもない。
 "Yeah, here she is"(やぁ、出て来たぞ)と、エリックが運転席で呟く。クルマ前方やや左、11時の方向にあるアカシアの密集から、前方地面に視線を向けエサを探す素振りで、我らがヘビクイワシが出現した。
 "How did you know she would come out here, Eric?" (エリック、ここに出て来るってどうやって分かった?)
 "I don't know, I just came here and stopped." (分かった訳じゃないけど、ただこっちに来てみただけなんだ…)
 ロケの間中、エリックはこうした「根拠なしの行動予測」という不可思議なことや驚異的視力を駆使しての発見・追跡といったことを繰り返し、ロケの進捗に多大な貢献を果たしてくれたのだった。
 藪から姿を現して数歩で、ヘビクイワシの猛ダッシュがまた始まった。エリックの最初の言葉で臨戦態勢をとっていたカメラマンは今度は機を逃さず、ダッシュを静かなパンで追い始めた。「ウサギだ!」助手席のジャクソンとカメラ横に立つディレクターが同時に声を上げる。ダッシュ方向を見ると、ゴロタ石を跳び越えジグザグ走りで逃げ切ろうとする野ウサギがいた。まだ、子どもだ。俊足のヘビクイワシが2メートルほどに近づいた時、予想外のことが起こった。左上空から大きなソウゲンワシが子ウサギ目指し急降下でアタックして来たのだ。樹上でヘビクイワシの急な動きを目撃し獲物を横取りすべく飛び込んできたのだろう。鋭い爪を全開にした両足を突き出しながら子ウサギを掴み上げようと降下している。と、突然、ヘビクイワシが地面を蹴り羽を煽って飛び上がる。上がりながら蹴った足が上向きになるよう反転し、首を曲げてソウゲンワシを直視しながら両足一緒の大技、オーバーヘッド・キックをソウゲンワシ目掛け繰り出したのだ。ソウゲンワシは両翼のすべての羽を目一杯に広げての急制動でカウンター衝撃を辛うじて避け、それでもヘビクイワシの大技が腿のあたりに届いてバランスを崩す。崩しながらも両翼を巧みに使って風をつかまえ、身を翻し急上昇に向かった。無事着地したヘビクイワシは逃げ去るソウゲンワシを睨んでいて、もはや、両名とも肝心の子ウサギなど眼中にない。突然の空中戦に漁夫の利を得た子ウサギは岩陰の穴の一つに一目散に潜り込んでしまった。
 のっけからの衝撃的なシーンに、僕らは暫し言葉もなく今見た出来事を各々脳裡に反芻していた。
 数刻の沈黙の後「――とりあえず、ここで続けるしかありませんね」と、ディレクターが呟く。ヘビクイワシがウサギをも捕食するという事実も驚きであったし、猛禽類同士の空中戦を間近にするなども想像の遥か外の出来事であった。その二つの生態行動にロケ開始から2時間足らずの内にあっさり遭遇してしまったのである。ここが良かろうと踏んでいた自分にとってすら想像以上の派手な幕開けである。ディレクターの呟きは尤も至極だ。
SecBvsCobra
 
ヒナのいる巣

 結局、予定のロケ期間のすべてをロイタ平原で過ごした。
 挨拶行動をしていたカップルは日の出前に行けば必ず樹上に見つかり、そこから始めれば終日追跡が可能でヘビクイワシの平均的な日常を確実に撮ることができる対象となってくれた。行動域も草原に始まり潅木林、川沿いの疎林、花崗岩の露出する丘とバリエーション豊富で、必然的に、捕獲する食料も捕獲の仕方も多彩な行動を観察させてくれる。中でも、2羽で空中高く舞い上がり、上がれるだけ上がったところでオスが翼を縮め数十メートルを自然落下したかと思うとまた舞い上がり、メスの高さに至るとまた急降下・急上昇を繰り返すという、この鳥特有の「求愛行動」も見せてくれたことが特筆すべきことだろう。ヘビクイワシには縄張り意識があり、侵入者には神経質なほど強く反応し追い払うということを初めて教えてくれたのもこのカップルだった。
 そして、ロケ開始から1週間ほどで「ロケは最後までロイタ平原で」と決定付ける情報を得ることになる。ヒナを育てるカップルの巣が、宿舎から20分ほどの所に見つかったのだ。SecB-Feeding
 新婚カップルを追いながらも卵やヒナを持つカップルを探していた。ロケ途上で行き交う地元マサイの牧人、水汲み、薪拾いに尋ね、宿舎の従業員から周辺地主の誰彼にヘビクイワシ情報の提供をジャクソンを通じ触れ回っておいた。すると、ある日の午後、ヤギやヒツジを放牧する十代後半の少年からジャクソンに<携帯電話>で連絡が入った。僕らはちょうど新たな個体と出来事を求め半ばあてどないブッシュ走りに時を費やしていたところだったから、渡りに船と、ヒツジ飼いの元へ方向を変える。とは言え、「ハチ公の前」とか「銀の鈴」などと容易に特定できない、草原と林がただ広がるだけのこの土地で、ジャクソンとヒツジ飼いは何を目当てに落ち合う場所を決めるのか。我々には見分けのつかない樹木や水場やそれらへ続く道筋、踏み跡などが彼らには明確な道しるべとして共通認識されるのだろうが、我々にはちょっと真似のできない事で驚かされる。しかし、ロケ現場にヒツジ飼いから携帯電話で連絡が入るというのも、隔世の感、甚だしい。
 どうやってその地点を電話の会話で特定したのか不明だけれど、ジャクソンは轍も付いていない潅木林へとエリックを誘導して入り込む。50メートルも入り込むと樹木の疎らな一帯があり、地面を見ると家畜の足跡が多くある。クルマを停めさせジャクソンが降りるから、ここが待ち合わせの場所らしい。南側の奥は更に深い潅木の密集が東西に広がっているが、足跡の連なりを西に目で追うと草のない窪みが広がっていて得心が行った。窪地は、家畜に必須のミネラル豊富な土壌の露出する、いわゆる「ソルト・リック Salt lick」(塩舐め場)で、ヒツジ飼いは定期的にここへ家畜を連れて来てはミネラルを舐めさせるし、ジャクソンもそういう場として知っており、これがハチ公役を担っていたわけだ。
 クルマの音を聞きつけてヒツジ飼いがやって来た。マサイ語でジャクソンと挨拶を交わし、手に持った棒で一方向を指し2人で歩き始める。我々もクルマを降り後に続く。茂みを一つ抜けた辺りで「あぁ、あの木だな」と言うエリックの呟きが後ろから聞こえた。少し前を行く2人がエリックの視線の先にある高さ5〜6メートルのアカシアに近づいて行く。そうして特定した視線で改めて眺めて初めてエリックの呟きの根拠が自分にも知れた。下生えの低木に樹上から垂れてきたのであろう、白い染みが幾筋か見える。巣の外に尻を向け排泄した鳥の糞の跡に違いない。言われて注視すればそうと知れるが、漫然と歩いているだけで注意を引かれる量ではない。「家族の為の食料調達」という重大使命を帯びブッシュを歩き回った少年時代を持つエリックだからこその観察眼だ。
 「この上にヒナが2羽いる」と、ジャクソンがヒツジ飼いの言葉をスワヒリ語で通訳してくれる。聞く間も待たずエリックが隣接する別の木に登り始めた。下から見上げるだけでは枝葉に遮られて巣は見えない。登って自分の目で確かめようというところだろう。しかし、エリックが登っている木は同じくアカシアで凶暴な棘だらけの上、幹が大人の体重を支えるには細過ぎるように見受けられた。が、枝を折るでもなく揺れるその木に登れる所まで登りきり、巣のあるアカシアの天辺を覗き込んで「大きな巣があるけど、ウーン…、深く窪んでて、ヒナは見えないな。怖がって伏せてるのかな」と、実況を知らせてくれる。
 ヒツジ飼いの少年は、巣には確かにヒナ2羽がおり、親鳥が代わる代わるエサを運んで来る、と言う。
 30メートルばかり離れた潅木の陰にクルマを動かし、開いた天井から観察することにした。カメラマンは車両のルーフ・ラックに三脚を立てカメラを載せてスタンバる。ルーフ・ラックに立ち上がれば視線は地上4メートル弱に達するはずだが、その高さからでも巣の内部は見られないと言う。
 15分も過ぎた頃、喧騒が去って危険がなくなったものと考えたのだろう、棘々の巣の縁から1羽の頭がひょっこり現れた。頭を左右に振って辺りを見回し異常のないことを確認している。双眼鏡の中に見る頭部は親鳥とほとんど変わりのないサイズに成長しており、ただ、眼の周りの紅いアイ・シャドーがオレンジ色がかって幼さを見せているのみだ。その瞳が、潅木の頭越しにある見慣れぬこちらの姿に気付いて動きを止める。猛禽類らしい精悍な眼差しと双眼鏡越しに一瞬見詰め合った気がした。やがて、奥の1羽も頭を上げる。同様に少しきょろきょろと周囲を見回し、やはり見慣れぬ我らに視線を留める。視線を留めはするものの危害を及ぼす存在ではないと早々に見切りをつけ関心を示さなくなる。考えてみれば、自分たちの足元を家畜連れのマサイが日に何度か往来する訳で、人間が危険な生き物であるという認識はないのだから当たり前の反応だとも言える。こちらに無関心となったヒナは、先に頭を上げたもう1羽共々そわそわした様子を見せ、喉の奥で鳴き声らしきものを発し出した。
 今回のロケに関わっている全員、普段の行いが大変に好ましい面々が揃っているに違いない。ほどなくして、地面をこちらに向かって歩くヘビクイワシ1羽が現れた。親鳥でない赤の他人(他鳥?)である可能性は限りなく低い。巣の東方向から速歩で近づき、巣のある木を素通りした時には一瞬怪訝に思ったが、10メートルばかり通り越して向きを変えると羽を広げて地面を蹴った。吹き付ける東風を翼に取り込み、やすやすと舞い上がって2羽のいる巣にふわりと静かに舞い降りた。雌雄の別は分からないが、2羽の親が戻って来たのだ。
舞い降りた親鳥は瞬時巣上に棒立ちとなり、首だけ回して異形の僕らに視線を向ける。風に乗って巣まで舞い上がる数瞬、異形の僕らが視界の隅に入ったのだろう。ヒナの面倒見に取り掛かる前に、親として、その危険性を推し測っているのだ。
 けれど、危険性を既に見限った2羽のヒナは喧しい。半立ちになって声を上げ、親の嘴目掛けて自分のそれを突き出す仕草を繰り返す。ヒナの賑やかな要請に応えて親鳥が頭を下げると、ヒナ鳥は親鳥の嘴をもろに噛み、或いは自分の嘴を親のそれにこすり合わせて更に賑やかに声を上げる。これに触発されたように親鳥は頭を更に低く下げ嘴を最大限に開いて腹と喉を締めこむように痙攣させる。ヘビクイワシは捕らえた獲物を胃に蓄えて巣に運び、吐き戻してヒナに与える「吐き戻し」と呼ばれる習性の持ち主なのである。
Sec.Bird JuvOnNest  親鳥の喉から蓄えたエサが吐き出されヒナが先を争ってこれらを丸呑みにしているようだが、残念、巣の窪みは意外に深く、ルーフに立てたカメラレンズの視線でも中を覗き見ることは適わない。上下しながら吐き戻す親鳥の口元を注視し、上位置に来た時吐き戻された物が辛うじて判別できるのみだ。また、ヒナが嘴で拾い上げ飲み込もうと上を向く時、獲物をヒナ同士で奪い合って引っ張り合うタイミングでもエサの種類を垣間見ることが出来た。この時の食料は野ネズミが多かったようだ。
 ひとしきり吐き戻し終わると親鳥はこちらに一瞥をくれ、エサを夢中で奪い合うヒナを残して風上側にふわりと舞い降りその先の潅木林に消えて行った。大きくなったヒナのため、エサ取りにまた出掛けたのだろう。
 満腹したヒナたちは、親鳥がまたエサを運んでくれるまでまどろみながら待っていようとでも言う様子で静かに巣に座り込む。
 カメラマンはこの一連を撮り終えると屋根の上に尻をついて座り込み、懐から出したタバコを一服、旨そうに吸い込み長々と煙を吐き出した。頬の辺りに満足感があふれ出ている。そう、僕らは皆、もう笑いがとまらないほど愉快な気持ちでヒナの一連の出来事とこれまでの一週間を思い思いに振り返っていたのだと思う。
 −宿から5分のところには新婚のカップル。
 −20分のここには、巣の上にヒナが2羽。
 −接近遭遇が避けられない周辺部に縄張りを持つもの、複数。
 ヘビクイワシだけでもこれだけの個体を確認しており、これに加えて、初日に空中戦を演じたソウゲンワシが新婚カップルの巣から直線1Kmほどの樹上に巣を張り、ヒナを育てているのを確認していた。また、行く先々のイエローフィーバー・アカシアの高い樹上にノスリが止まり草原を監視しているのも度々見ている。トンビは宿上空をしばしば横切って行くし、ハヤブサ、ハゲワシもいればハゲコウもいる。半径5キロ以内に撮影対象となり得る猛禽類がこれだけ生息しているのだ。ロケの成功は約束されたようなものであり、むしろ、目移りして撮り切れない懸念の方が大きいくらいだ。なんとも、素晴らしい。

Landload ヒナのいる巣を見つける事を想定して、定点観測用の足場調達の下準備は整えておいた。
 足場を搬入する前に巣のある場所の地主に設置の許可を求めなければならない。エリックに運転して貰いジャクソンと3人で巣から直線で1Km強にあるお宅を訪ねた。地主の老マサイは用件を伝えると何の躊躇も条件もなく快諾してくれた上、「あの鳥たちがあそこで子育てをするのは、これで4回目のことだ」と、嬉しそうに話し出す。
 「観察していたのですか?」という僕の問いをジャクソンがマサイ語に訳すと、「観察するも何も、ほれ、ここから巣がよく見えるだろう!」と指差すのだ。言われて指の方向を眺めるけれど僕の目に巣の在り処は分からない。が、ジャクソンは直に「あぁ」と声を出し、南東方向の一点を見つめて頬をほころばせる。クルマから降りてきていたエリックも「あぁ」と、ジャクソンや老マサイの視線と同じ所を見つめている。30年近くアフリカの広々とした風景の中で多くの時間を過ごして来た。視力だって1.5を長らく保って来たけれど、どうやっても草原ネイティブの彼らのような視力を獲得することは出来なかったようだ。仕方なく双眼鏡を目に当て皆の見る方向へ向ける。右へ左へゆっくりとパンしてみるけれど、巣は特定できない。一往復半目のパンの途中、他の3人が軽く声を上げると同時に、右手から視界に飛び込んで来る白いものがあり、ふーわりと、とある樹上に舞い降りた。ヒナにエサを持ち帰った親鳥だ。それでようやく自分にも巣の在り処が分かった訳だが、双眼鏡をはずし肉眼で見直すとその姿はまた判別不能。東京で生まれ育った肉体は水晶体を絞り込む筋肉さえ退化しているのだった。
 「あの2羽は」老マサイがそれを眺めながら言う。「ワシの土地のあの木が本当に気に入っておるのだよ。これで4回目だからな。最初のヒナは1羽だけだったが、次からは2羽づつ。今回も2羽だな。またうまく育て上げることだろう」――老マサイは慈しむような眼差しでヘビクイワシを遠く眺めていた。
 
 早速、建築用の足場6メートル高をナイロビに電話発注した。事前に下交渉しておいたこともあり、翌々日午前中には組み立て要員共々現場に配送してくれると言う。足場を組んでしまえばヒナの成長を観察する定点が出来、ストーリーの縦軸が確保できる。足場下のスペースも迷彩色のシートで覆えば手頃な作業スペースになり、巣へやって来る親鳥の行動など周辺の出来事を隠しカメラで狙う格好の陣地になる。
 これも保護区外の大きな利点だ。
 仮にマサイ・マラ保護区内であったら、足場を設置する許可を得るだけでも数日の交渉日数が必要であろうし、他の観光客の手前、許可が取得できる保障もない。それが、この場所では交渉に1分とかからず、且つ、4度目の産卵であるという情報まで得ることが出来てしまう。
 保護区の外は、本当に素晴らしい。



ロイタ・ロケ、再び
 30分番組のロケは、ヒナの内の1羽が終了2日前に巣立ちを迎える、という大幸運もあり成功裏に終わった。
 後日、衛星経由の国際放送で放映を観ることも出来た。大量の素材を知っている目で見れば30分に刻んでしまうのは勿体ないと残念ではあるけれど、そうと知らぬ目で見れば内容豊富な良い番組に仕上がったと思う。
 ――と思っていたら、局の方でも同じ事を考える人があったのだ。「飛ばない鳥」という括りで今度は1時間番組を作ろう、ということになった。ヘビクイワシの既存素材も使いつつ、ジサイチョウ、オオノガン、ホロホロチョウと、猛禽ではない地面を歩く鳥たちを盛り込んでの1時間番組。
GroundHornbill KoriBustard
 ヘビクイワシ・ロケを終えて4ヶ月後、今度は小乾季の終わりを狙って同じ所にロケに入った。
 第一目標のジサイチョウが、しかし、難題だなぁ…と出掛けた、初日午後のファースト・ドライブ。ここで、僕らはまたしても大変な僥倖に巡り合うことになる。最初に見つけたジサイチョウが、カエルを嘴に咥えて歩いているのだ。 エサを咥えて歩いている――、一見何の不思議もない光景だけれど、少し考えれば「エサを咥えて歩く必要」などないではないか、ということにすぐ気付く。自分のエサなら捕獲と同時に喉の奥に放り込んでしまえば宜しい。それを咥えて歩いているのは…
数百メートルの追跡があった。ジサイチョウはその間にも、新たな獲物を見つけるとカエルを一旦地面に置いてこれを捕獲し、カエルと重ねて嘴に咥え直して歩き出す、ということを幾度か繰り返す。
 僕らはその行動の意味するところを想像しては、「そんなうまい話が転がっている筈はない。まだ、ロケの初日どころか、移動日の残りの半日を使ったロケハンもどきではないか!」と自戒の念も唱えつつ、今やカエル、トカゲ、バッタなどで分厚くなった獲物を咥えて歩くジサイチョウの後に続いた。
 涸れ川のほとりに出た。獲物をいっぱい咥えたジサイチョウは小さな土手を下りて渡ると対岸に上がり、草むらへ入って行く。
 土手の崩れた場所を探して少し迂回し、僕らのランクルも対岸に上がり草むらのジサイチョウを見失わぬよう少し急いでクルマを回す。
 ジサイチョウの向かう先、涸れ川の際に1本のアカシアがあった。それなりの樹齢を感じさせる太い幹だが、地上6メートルほどの所で、雷に打たれたのだろう、太い幹が斜めに折れてなくなっている。折れ目の周囲から生え出た枝で樹高自体は10メートルを超える樹に育っている。野生の生命力はしたたかだ。
 ジサイチョウがその木を目指し舞い上がった。舞い上がって、大幹の折れ目少し下の枝にとまる。とまった姿勢で首だけ回し、右目で僕らの方をちらりと見やる。危険はないと判断したのだろう、折れ目のトップ近くの洞に向かって頭を下げ入れ、嘴に咥えた獲物をそっくり洞の中に落とし込む。枝葉の陰になって嘴の先は見えないから中で受取る個体があったのか否か、確認は出来ない。
 ジサイチョウの生態に関する情報と言うのは極端に少なく、事前調査では『営巣は数年に一度』という情報があり、これに今回ロケで遭遇することはまずなかろうという思いで臨んでいた。だから尚更、どう考えても巣にエサを運んだとしか思えない行動を見ても俄かに信じ難く、モズの「はやにえ」のようにエサを蓄える習性がジサイチョウにもあるのではないかなど、今思えば直後には随分と莫迦なことも論議した。ジサイチョウの生態撮影に付いては一同、それだけナーバスになっていた証拠とも言えるだろう。
 地面に降りた個体を追跡し、先ほど程度のエサを咥えたところで一足早く川べりのアカシアに先回り。前回の鳥のポジションから判断した見通しの良い位置にクルマを停めてご帰還を待つ。追跡中、一回り小さな個体がエサを運んだ鳥について歩いていることに気付く。喉袋の面積が小さく、色の鮮やかさも劣っている。メスなのか何なのか判然としない。が、大きな個体につかず離れず、終始ついて歩いていた。
 エサを咥えた大きな個体が木に近づいてきた。カメラマンが望遠ズームでその姿を捉える。
 木から風下へ10メートルほど離れた辺りで、鳥は羽を広げ地面を蹴る。ヘビクイワシの巣へのアプローチとまったく同様、風上へ向かっての離陸、緩やかな飛行だ。先だってと同じ枝に両足でとまり、首を回してこちらを見やる手順も、4ヶ月前に見た光景を髣髴とさせる仕草だった。
 危害を及ぼす相手ではないと判断し、洞に向かって首を下げる。カメラマンはグッとその嘴にズームインする。
 カメラが何を撮っているかをドライバーと助手席のガイドにも見て貰うため、ダッシュボードにモニターを取り付けてある。だから、最後列に座る自分にも、反射で多少見え難いとは言え、カメラの捉える画像が分かる。
 首を洞の中に下げ、鳥は嘴に挟んでいたエサを一時に落下させた。首を上げ、落としたエサ辺りに一瞥をくれると身体の向きを変える。その途上でカメラ方向にも一瞥をくれ、地面に向かい舞い降りた。
 「中にも1羽いるね」舞い降り立ち去る姿を押さえてカメラを止めたカメラマンが言う。「エサを受け取る様子で嘴を突き出してくるのが、目の辺りまでファインダーには見えたよ」
 ピーン・ポーン。巣の中でエサを受け取る親鳥がいるならそこには付きっ切りで面倒を見なければいけない卵があるか、小さなヒナがいるということになる。又もや、移動日の残りの半日で主題に出合ってしまった。…

 今回のカメラマンもディレクターも、ヘビクイワシ・ロケとは異なる面々になっている。前回のスタッフは前々から決まっていた別の取材で南米あたりに出掛けているとかで、1時間モノには別のディレクターとカメラマンがやって来ていた。
 カメラマンのFさんは東アフリカでの動物取材にこの方以上の経験を持つ者は日本国内にいない、と断言できる大ベテランだ。Fさんの初めてのアフリカ取材をコーディネートさせて貰ったのは自分だったけれど、確か、1987年だったと思う。以来、Fさんはセレンゲティーを主に東アフリカ各地で野生動物相手にカメラを回しており、セレンゲティーだけでも通算滞在日数が一千日を軽く越えているのではなかろうか。確かな目と技術の持ち主で、仕事に対する驕りのない、清教徒的とも思える禁欲的姿勢に僕は当初から深い尊敬の念を持ち続けている。さまざまな経緯で仕事をご一緒する機会が数年途切れており、急遽決まったこのロケで久しぶりにご一緒できたことは望外の喜びだった。
 ディレクターも、Fさんと長年コンビを組んできた旧知の方で、野生生物のドキュメンタリーでは海外も含む受賞作品複数も作ってこられた、こちらもベテラン。
 お二方を送り出した局のプロデューサーは今回ロケが難物であることをおそらく理解しており、それで、このベテラン・コンビに託したのだろう。
 ところが、またしても本格ロケの開始を前にして大ネタを見つけてしまった。ここまでの人生を通じ、今回のスタッフ一同も行いの正しい我々であったに違いない。

 
牛に曳かれて善光寺…ではないけれど
 翌々日のこと。Cameraman
 ヘビクイワシのような早足で歩くことのないジサイチョウなので歩いて追跡したいと、Fさんが仰る。
  Fさんを降ろしたクルマは邪魔にならぬようその場に留まり、我々は周囲の出来事を看視しつつ、Fさんが離れすぎたら少し近づくという作戦を展開していた。
 2時間ばかり単独でジサイチョウを追跡していたFさんがこちらを向き手を振った。こっちへ来い、と言っている様だ。轍もない500メートルほどの草原を走る内、Fさんから遠からぬ距離に別の鳥のいるのが見えた。いま一つの取材対象である「アフリカ・オオノガン」だった。先刻まで追跡していたジサイチョウはその遥か彼方へ行ってしまっている。
 どうしたのだろう?バッテリーや予備テープなら持っているはずだし、機材にトラブルでも起きたのか?――そんなことをディレクターと話しながらFさんの横にクルマをつけると、 「オオノガンが抱卵している」と、Fさんが驚くべきことを言う。
 あたふたとクルマから降り、Fさんの示す地面に目をやると巣らしきものの何もない、裸の土の上に薄緑色の斑模様の卵が一個、転がっている。
 「伏せて隠れてたのが、ジサイチョウが近づいてきたんで卵を見つけられない様に離れたんだろうな、喰われちゃうから。オオノガンがそのまま行ってしまわず遠巻きにしてるから変だと思って待ってたら、立ち上がった所に戻ったんで、ちょっと気の毒とは思ったけど近づいてみたら、これだった。」
 木の洞に営巣するジサイチョウを見つけただけでも大幸運であったのに、そのジサイチョウを追っていたら卵を抱くオオノガンに行き当たる。本当に、なんと行いの正しい我々一同であることか!

KoriBustardOnEgg もし仮に、Fさんが歩くことなくクルマで追い続けていたら、どうだっただろう。ジサイチョウの進行方向の大分先で立ち上がり小走りするオオノガンに、僕らは注目し得ただろうか。「あぁ、オオノガンもいるな」と解釈するのみで、オオノガンの抱卵は見逃したのではなかろうか。
 規制のない保護区の外だからこその成果と、改めて思う。
 前述の通り、Fさんの取材地はそれまで圧倒的にセレンゲティー国立公園が多かった。公園法に則り、基本的に車外に出ることは禁じられているから、撮影はルーフ・ハッチや開け放ったドアや窓からが基本だ。もちろん、風景や遠景の撮影などで例外的に車外に出ることの許可を得て仕事に入るので百パーセントではないけれど、例えば肉食獣の撮影なら自分の身の安全を考えるまでもなくカメラは車内に限られる。画角や光りが命と考えるカメラマンにとってみれば、これは大変なフラストレーションである。生身であれば半歩左に動くだけで望む画角が得られるのに、クルマではそう簡単に行かない。外国人ドライバーに運転して貰っている車両では尚更だ。
 「いつも歩きたいと思うんですけどね、できないので、こういう現場を用意して貰って本当に感謝してます。」
 ロケ中盤でFさんがそう仰ってくれたことがあった。
 重たいカメラと三脚を手に持ち、身につけたベストもテープやバッテリー、飲み水で相当の重量になっている筈で、そのFさんだけを車外に、時には丸々半日、放り出して、僕らはクルマに腰掛けゆるゆると遠巻きに追いかける日々。多少の心苦しさを感じるものの、好きなアングルを自由に選べるFさんのカメラマンとしての快感も想像に難くなく、痛し痒しのジレンマの狭間で、しかし、やはり、自由に撮れる環境はFさんだけでなく僕ら全員にとって大変に好ましいことと言うべきだ。カメラマンが気持ちよく仕事が出来れば良い映像素材が得られる。良い素材があればディレクターは編集作業がやり易くなり、仕上がる作品は良いものになる筈だ。良い作品が放映されれば、多くの人にアフリカ大陸の持つ唯一無二の素晴らしさを深く正しく認識して貰うことが出来る。「アフリカ者」の自分が望む大切な命題の一つをクリアすることができる。

 地面に転がるアフリカ・オオノガンのたった一つの卵を前に、スタッフ一同、満面どころか「満身/満心」」笑み、という思いに包まれていた。
 オオノガンはジサイチョウと異なり、子育てにオスが一切参加しない。抱卵を始めたメスは完全に単独で卵を温め、守り、孵す。その間、自らの腹を満たすエサ取りも自分で行わなければならない。そう考えると、それ自体が目立つ巣などの上にある卵よりも地面にゴロリとある方が、高い安全性が確保できるのかも知れない。
 大柄なオオノガンの巣であれば小さく見積もっても直径60cmは必要だろう。枯れ草を集めるか地面を少し掘るかして作られたそんな巣が地表にあれば、まず卵の大敵・猛禽類の空からの目には容易くとまるし、地上のハイエナ、ジャッカル、マングース、ヘビなどにも簡単に発見されてしまうだろう。一見"がさつ"でいい加減とも思える「直接地面」の抱卵だけれど、これはこれで自然淘汰の長い歴史背景あってのベスト・チョイスなのだろう。

 それからはすべてが順調に進行する。
 ジサイチョウの巣穴には卵ではなくヒナ1羽のいることが確認でき、初日、エサを取るオスに付き従っていた小さ目の個体は前年生まれの子であろうと知れた。この若鳥のエサ取り技術が日々向上して行く様が獲得量の増加という形で顕著に撮れ、ある日、巣穴で待つ母鳥に初めて自分でエサを渡す様子も観察できた。
 日の出前、巣から離れた樹上に眠ったオスが巣穴のメスに低いピッチ音の鳴き声で呼びかけ、それより少し高い音でメスが応えて巣穴から出、オスのいる枝に飛んで行く。樹上で並んでひとしきり啼き交わして後、一緒に地上に降り立ってエサ探しに出る一日の始まりも、一部始終を撮ることが出来た。
 オオノガンは、30メートルほど離れた定位置に停まる我々のクルマに徐々に慣れ、カメラの存在を余り気に掛けなくなる。じっと抱卵していた彼女が突然立ち上がり卵から離れるから何事かと思えば、百メートル以上離れた所にジャッカル2匹がエサ探しの風情で歩いて来るのが見える。親鳥は卵の在り処を彼らに悟られぬ様、いち早く離れ「エサを探すオオノガン」という自分の姿をジャッカルに見せたのだ。ついでに、実際エサをついばみ空腹も満たす。仮にジャッカルが卵に気付いて近づいたらこれを追い払いにダッシュしてくるのか否か、彼女の韜晦(とうかい)戦術が功を奏したので、残念ながら、確認はできなかった。

 撮るべき対象がそこにあって過ごす自然ロケは、時間に追われ忙しないことはあるものの、おしなべて楽しく、日々充実した時が過ぎて行く。そうした日々の経つのは早く、4週間のロケも終わってみれば瞬く間の出来事に感じられるものだ。
 オオノガンはロケ最終日も抱卵を続けており、期間内には孵化まで至らなかった。
 ジサイチョウのヒナが巣から出るにはまだ2ヶ月ほどが必要だろう。
 これらを撮影できれば、どちらも自然映像としては非常に珍しい対象を押さえたものとして高い評価を得られることは間違いない。けれども、我が国の取材体制はその為の「期限の定まらない待機」を容認しない。
 
彼我の格差
 アフリカのフィールドで欧米の映像作家と出会うことが四六時中ある。彼らの制作体制は我が国のそれと大きく異なり、こうした待機を容易に容認するので羨ましい。
 セレンゲティーでカラカルという小型野生ネコを取材した作品に、飛び上がったホロホロチョウを空中捕獲する良く知られたシーンがあるけれど、この撮影者は実に6ヶ月をこの個体の撮影に費やしたと言う。毎日のように個体に付き添い、相手が自分のクルマを一切気にしなくなるまで馴れ合ってしまったのだ。
 こういうことが出来るのは、彼らの作品が英語で作られる、という事実があるのだとも思う。英語で作られた作品は、仕上がった途端全地球規模の20億人を超える市場が想定できてしまうのだ。それに比べ日本語作品は最大でも1億2千万人、約6%の市場規模でしかない。
 また、いわゆる「動物もの」が、この四半世紀で変わってきているとは言うものの、我が国では「子ども向けソフト」と一般に認知されていることも我々が余裕のない取材体制を取らざるを得ない理由だろう。欧米社会ではWildlife Documentary(野生生物のドキュメンタリー)は一つのジャンルとして確立されており、制作する側は始めから大のオトナが鑑賞することを想定して制作に取り掛かれる。オトナ向けであれば番組としての放映に限らない多彩な用途があり、必然的に、制作予算にも納期にも大きな幅をもたらしてくれることになる。
 こうした社会的背景があるので、欧米の自然モノ映像作家はフリーランスであることが多く、フリーランスの作家が撮った映像の著作権は撮影者個人に属する、というコンセンサスが業界にも出来上がっている。
 撮った映像を放映番組であれCMであれ何であれ、それらに使用する際はその「使用権」のみを売るのであって、映像の著作権そのものは撮影者個人に属し生涯の個人財産となる。出版社と印税契約を結んで著作を出版する小説家など文筆業者や流行り歌の作者などが、日本では分かりやすい業種だろう。
 しかし、日本の自然モノ制作に携わる職業人で自作の著作権を取得しているケースは、スチール写真家を別にして、ほとんどない。特に、長期滞在を余儀なくされる遠隔地のアフリカを舞台に、自前予算で出かけ自作を制作するプロの映像作家にはこれまでお目にかかったことがない。プロ用のビデオ機材は高価であり、嵩張り重たいこれらを運んでくるだけでも費用がかかる。欧米作家の多くが未だに16ミリのフィルムカメラを使っているのはこれが主な理由だろう。
 また、高価な機材のその上に、観光地での滞在費・入場料・撮影料・レンタカー代なども個人の一回の投資としては大きな額になる。1億2千万人だけの市場でこれらすべてを回収するのは、なかなか分の悪いギャンブルには違いない。
 
だから、という訳でもないけれど…
 保護区や国立公園の「外」がこの意味でも面白い場所になる。
 書いてきた様に、まず、行動の自由がある。
 今回のロケ体験を通じ、Fさんは長年考えていた「ツチブタ」の撮影がここなら出来るのではないか、と洩らしたことがあった。ツチブタは夜行性の蟻喰い動物で、サバンナに穿たれた大方の大穴はこのツチブタが掘ったものだ。ツチブタは蟻を捕食する為に蟻塚近くを深く深く掘り下げる。そこの蟻を食べてしまえばツチブタの用事は終わり、穴だけが残る。この穴をハイエナ、マングース、イボ・イノシシなどが巣として利用するのだ。サバンナでの動物取材を仕事にして間もない頃から、自分にとってもツチブタは一度は取材してみたい対象であり続けたけれど、完全な夜行性のこれを公園内で夜通し取材するのは難しく、今日まで実現していない。今回ロケの夜明け直前のある朝、ジサイチョウの巣に向かう道すがら、近づくクルマのノイズに警戒して穴に潜り込むツチブタを一瞬目撃した。ロイタ平原のこの場所でなら新しいツチブタの穴を見つけて張り込めば、その生態を記録することができるだろう。

 行動の自由に続く「外」のアドバンテージは、諸費用が抑えられる点だ。
 節約の筆頭は、何と言っても1人1日US$70.-前後の公園入場料だ。今回ロケで言えば、日本から来たお二方がマサイマラで仕事をすれば@$70.-×2名×30日=US$4,200.-がまず必要になる。加えて、自分とドライバーとガイド、車両の入場料も、国外からの訪問者に比べれば割安とは言え、合計すればUS$1,500.-程度になる。1日$190ドルの節約はかなりの額と思うけれど、どうだろう。
 また、今回ロケで利用したマサイ弁護士のサイド・ビジネス宿は、公園内の宿に比べれば半額以下で3食付の宿泊を提供してくれた。食事内容は簡素だけれど、味も量も必要十分だ。
 クルマのレンタル料は公園内でも同様に掛かってしまうけれど、上記の入場料と、行動半径が小さいので燃料代も随分節約できた筈だ。

 近年、放送基準を満たす画質で撮れる小型ハイビジョン・ビデオカメラが多数発売されている。レンズ交換可能のタイプも多々出ているから、野生動物の取材にも対応できるだろう。これらの小型カメラなら価格も低く、嵩も重量も個人レベルで運べる範囲だ。16ミリのシネ・カメラよりも、使い勝手を含め、アフリカ取材には向いているかも知れない。
 こうした機材を使って「外」に題材を求めれば、あるいは、日本の個人作家でも十分勝負に打って出られる様に思うのだけれど、どうだろう。

 「勝負してみたい!」とお考えの向きあればご一報を。取材対象に見合った良き撮影地にご案内しますゾ。


 さて、ワタシは今度は「ハゲワシが群生して営巣する森がある」と聞いたので、これも「外」だけれど、ちょっと出かけてみよう。
 どんな所だろうか、楽しみだなぁ。


=了=


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