サファリの手帖 <アフリカ大陸の恵み =地下資源= 宝石編> Top Pageへ戻る
MasaiBeads

アフリカ大陸の恵み

地下資源のことは長年気になっていたけれど 最近になってなぜか

「定年退職後の手なぐさみにひとり宝石を研磨するムゼー(高齢者の尊称)」 とか

「面白い石があるから見せに行く」 とか

「金鉱床の上に眠っているのに岩盤が硬すぎて掘り出せない」 とか

そんな人々にたて続けに出会う機会があった

地下にひっそり横たわるアフリカ大陸の“マリ” 【Mali:
“富”を表すスワヒリ語】


ここに少しご紹介しようと思う

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Tsavolite
ツァボライト
(グリーン・ガーネット)
レッド・ガーネット ロードライト・ガーネット カラーチェンジ・ガーネット
 
AquamarineDarkBlue Peridot
アクアマリン
[ライト・カラー]
アクアマリン 
[ダーク・ブルー]
ペリドット シトリン

opal
オパール


※ムゼーの研磨作品、工房直売卸【100カラット単位】を仲介させて戴きます。
メールにてお問い合わせ下さい。

アフリカの”Mali”(ここでは宝石の意)にまつわる与太話

<1> 稼いでは遊び、遊んでは稼ぎ ♪消えた現金100億円、プラス!

<2> 水深5メートルの退職金 〜「300万ドルで宜しければ…」と、担当者は言った〜

<3>ケニアで最初にルビーを掘り当てたのは日本人 〜与太と呼んではいけない話〜

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Tsavorite-rough ツァボライト(グリーン・ガーネット)
Tsavolite (Green Garnet)

ツァボライトは、東西合わせると日本の四国全土を越える面積を持つ「ツァボ国立公園」周辺から産するのでこの名がついた石。 グリーン・ガーネットの一種で、それなりの価格で取引されるらしい。

日本語では「灰ばん柘榴(ざくろ)石」と呼ばれる。
「ざくろ石」という命名は良いなぁと、この和名を文献に初めて見た時に思った。語感が良いし、多分、地面から掘り出した時、大粒小粒の色石がザクロの実のように互いにくっつき合って出てくるのではなかろうか? その様子を空想してみると何やら華やかで豪華で、掘り当てた人物のその瞬間の興奮や喜びが如実に想像できるような命名だ――と勝手に思う。

左はもちろん研磨前の原石。
畑を耕すとか、キャンプ用のトイレ穴を掘っていてとか、そんな時に突然こんなモノを掘り当ててしまったら一体どんな気持ちがするものだろう。 後に続くであろう金銭的利得のことはさて置いても、地球が生み出した不思議の結晶を間近に手にする喜び驚き、あるいは慄きに、やはり心が激しく震えるのではなかろうか。

レッド・ガーネット  Red Garnet

ツアボライトとは反対色の赤いガーネット。 産地は同じくツアボからキリマンジャロ山麓にかけての一帯。

これは定年退職後の手慰みに石を磨くムゼーから拝借した一品。
金銭的価値は上のツアボライトに較べるべくもないほど低いとのことだけれど、透きとおった赤色は力強く、アフリカの大地から生み出されたモノにいかにもふさわしい存在感がある。
値が張らないならこれ幸いに、いっそ大粒小粒のこれをたくさん配し造形すれば艶やかな装飾品ができそうだ。――けれど、残念ながら、いたずらに手のひらに転がし、光にかざし、カメラを通したクローズアップ映像にただ見惚れ息を呑むばかりで、装飾品をデザインする造形力も形にする手先の技術も、自分には持ち合わせがない。

下垂右上の際に泡が見える。これは残念だよねとムゼーに問うと、いや、これが自然石の証として珍重されるのだ、と言う。泡以外にも角度によって見え隠れするさまざまな亀裂があり、言われてみれば、これらはこの石の創成に関わった膨大な圧力や熱の名残りであるわけで、その思いで眺めれば珍重したくなる気持ちも分かる気がする。
Red Garnet

※アフリカのMaliにまつわる与太話※ <1>

稼いでは遊び、遊んでは稼ぎ
♪消えた現金100億円、プラス!

 かつて、この石が取れる地域に日本人の鉱山師(ヤマ師)が鉱区を持っていたことがある。最寄の町からだいぶ山奥へ入った場所で、残念ながら現地を訪ねたことはなかったけれど、10数人の人手を雇い掘っていると聞いていた。現場ではテント泊まりで、野生動物を蛋白源にすることもあったと言う。
 彼は、原石のMaliがある程度たまるとテントをたたみ、ナイロビの事務所兼工房か、技術が高く工賃が安いタイに持ち出し、きれいに磨く。出来上がった製品は、日本よりも欧州市場の方が高く売れるとかで、主に欧州各国で販売していた。

 彼が欧州市場にこだわる理由は他にもあって、個人的にはむしろこちらの方が比重が重かったのではないかと邪推するのだけれど、カラット単位で売り買いされる商品をキロ単位で売り捌いて資金を得ると、彼はケニアに戻らずモナコ辺りに引っかかる。引っかかった先で、競馬・カジノ・ナイトクラブ・エトセトラ…と、遊び呆ける。ある程度の資金はスイスあたりの口座に入金するのだが、それ以外の手持ち資金は【呑む・打つ・買う これに底をつくまで徹底的に費消する。遊び呆けて手持ち資金が淋しくなると、ようやく彼はケニア行き航空便――いつも必ずファースト・クラスだ――に予約を入れて、人里はなれた鉱山での稼ぎ仕事に戻るのだった。

 自分の鉱区から出た石以外に、産地を巡り個人で発掘している人々から原石を買い取るのも彼の仕入方法の一つだったが、大商いの最たるものは50万円程度で仕入れた原石をタイで磨きヨーロッパで売り払ったその金額が20億円を超えた!という破天荒な話しを聞いた。常人がおいそれと手を出してはいけない世界の商いであることがこの一事からも知れるけれど、ともかく彼は稼いでは遊び呆ける、そんなことを四半世紀ばかり大車輪・全速力でやり続けた。ある時、きっかけがあってふと振り返り、「遊んだカネ全部貯めてたら、オレ、ジェット旅客機買えてたナ、即金で……」と、彼が呟やくのを聞いた者がある。 どんなに安いジェット旅客機でも100億円は下るまい。
 
 今の日本社会に、こんな破天荒な人物を生み出す力が、果たして残っているだろうか?
 一方お隣の中国には、しかし、1960〜70年代の日本社会がそうであったように、間違いなくそんな力が漲り溢れ返っているように思われるのだが、どうだろう?


Rhodolite ロードライト・ガーネット Rhodolite Garnet

赤紫がかったこの「ロードライト・ガーネット」は19世紀末、1882年にアメリカで発見された。発見後しばらくして原産地の鉱脈は枯渇。しかし、北米大陸に埋まっているなら他の大陸にもあるのは当たり前で、当然のように我がアフリカ大陸からもそれは発見され、盛んに掘り出されている。
まるでビーズかオハジキの如くに積み上げられた左の写真をご覧いただけば、いかに盛んに掘り出されているかご想像いただけるかと思う。

ちなみに「ピンク」を表すギリシャ語の「rhoden」がこの石の名の由来という説を聞いた。
いつだったか、南北に細長いタンガニーカ湖をチンパンジーの森目指して南下するボート旅の夕暮れ。当時のザイール、現DRコンゴの遠い山並みに沈もうとするまん丸の太陽が見事にきれいなピンク色に染まっていたことを思い出す。 ――灼熱の太陽と言えば“真っ赤に燃える”と形容されることが多々あるけれど、赤道地帯の太陽が真っ赤に染まることはなかなかない。太陽光が直角に大気圏を通過するから短波長光も大量に地表に届いてしまうためだ。ケニアに来たばかりの頃、ギラギラの昼光色のまま地平線に沈んで行く夕陽を見て度肝を抜かれたことがあったけれど、あれから早くも20ン年が経ってしまったのだなぁ……。

カラーチェンジ・ガーネット
Change Colour Garnet

これはまた風変わりな性質を持った石。
右の写真は、同じ石を同じ位置で、左はタングステン光(普通の白熱電球)右は太陽光色、と光源を変え撮影したもの。
つまりこの石は
、電球に照らされた屋内では左の赤色系に輝き、太陽光や蛍光灯の下へ出た途端、右の藍色系に変わってしまうのである。

宝石と言えば男性よりは女性の嗜好品であるのは異論のないところだと思う。また、日本には古来「女心と秋の空」と、移ろいやすい女性心理を変わりやすい秋の天候になぞらえて、嘆息しつつ揶揄した言い回しがある。してみると、光の具合でころころと色を変えるこの石は、宝石・女性・女心の関係式をそのまま具現する一品なのではなかろうか?


※ガーネットの石言葉は、しかし「真実・友愛・忠実」だと! ……やれやれ
ChangeColourGarnet

※アフリカのMaliにまつわる与太話※ <2>

水深5メートルの退職金 Part 1
〜「300万ドルで宜しければ…」と、担当者は言った〜

 ナミビアにたびたび取材旅行に出かけていた友人がある。英語圏のナミビアだから自分が付き添っても良いのだけれど、人種隔離政策が生きていた南アフリカを経由しなければならない関係上、この取材旅行は敬遠していた。
 当時の南アフリカで我々日本人は「名誉白人」という曖昧で滑稽な分類を得ていたからビザの取得に問題はなかったけれど、ビザや入国スタンプがパスポートに押されていると反南アを掲げる他のアフリカ諸国には入国できなくなるのだ。ビザを別紙に貰い入出国スタンプもそれに押してもらう方法があり、実際これで南アへ行ったこともあるけれどなんとなく尻の座りが良くないし、航路も便が悪いしで、ナミビア・ロケは行かずにいたのだ。

 日本の番組ディレクターである友人は、最初に出会った南ア人の女性ドライバー/ガイドが優秀であったことからロケの都度、彼女の案内で取材を行っていた。ナミブ砂漠の野生生物の取材が主で、足掛け数年にわたり取材を繰り返していた。

 ナミブ砂漠の撮影対象といえば爬虫類。水の少ない環境で生き抜く姿のさまざまに、自然界の苛酷と生き物の本能に刻み込まれた緻密な知恵とが交錯し、また、広大無辺の大砂漠と小さな生物が好対照を成し良い作品がいくつも生まれた。
 さて、撮影対象が小さな生物だから行動半径も知れている。日々の作業と言えば、朝、派虫類の生息場所へクルマで行き、カメラをセットすれば後は徒歩で事足りる。クルマの用はなくなり、ドライバー女性の次の責務は夕刻の撤収時ということになる。もちろん、ガイドを兼ねる彼女は取材陣が発する疑問に答え、あるいは、小動物の生態行動に関し謎解きをしたり行動予測を行うなどの責務もある。しかし、取材陣も回を重ねればそれらの助言なしでもあらかたのことに適切な対処をすることができるようになって行く。
 小動物の奇異な行動を待ってカメラ陣が長時間の待機に入ると、彼女は許しを得て周辺の散策にでかけることがよくあった。プラスティック袋を持って散策し、クルマに戻るときにはその袋が何がしかの拾得物で膨らんでいる。取材陣は、砂漠の植物その他、サンプルか何かを拾い集めているものだと漠然と考えていた。
 4週間ほどの取材が終わった帰路の車中、ディレクターがそんな彼女に「何を拾い集めていたのか」と尋ねたことがあった。
 取材陣一同、「なんで早く言ってくれないのよぉ!?」と色めき立った彼女の答えは、「――そんなに貴重なものではないけれど、少し価値のある石が落ちているのでそれを拾い集めていたのよ」というものだった。「今回集めた分で(言いながら膨らんだ袋を計るように持ち上げる)大体、2千から3千ドル位になるかしら――」
 ナミブ砂漠には、そんな風にMaliが散らばっている。

 ナミビアはダイヤ原石を多く算出する国だが、白人入植者たちが上陸しダイヤモンド原石が発見された頃、それらは大西洋に面した広大な砂浜のそこかしこに露出して落ちていた、と言う。それがダイヤであると知る者たちは、あたかも貝拾いをするように、潮干狩りをするように、ダイヤ原石を我が物とし巨万の富を得たのだった。
 

 その翌年、同じ女性ガイドに案内を依頼して友人はまたナミビアに入った。ロケの合間に今度は石を拾って小遣い稼ぎに精を出そうと、出国前から冗談本気半々で、前年と同じ顔ぶれのスタッフたちと話題にし、盛り上がっていた。
 南アのヨハネスブルグ空港に出迎えてくれた彼女がいつものホテルに送り届けてくれる。一休みの後、彼女を伴い夕食にでかけたスタッフ一同、食後に聞いた彼女の“打ち明け話”に度肝を抜かれ脱力し、ナミブ砂漠で小石を拾うどころかロケ仕事に向かう意欲すら一気に萎えしぼむ心持ちで、スゴスゴと宿に帰る夜になったのだと言う。
 
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アクアマリン (ライト・カラード)
Light Coloured Aquamarine

本来アクアマリンは、珊瑚礁周辺に広がる南洋の青い海を写し出したような色合いだけれど、ケニアでは左のような薄い青色の石が多く出る。
写真ではその青味がうまく出ておらず不本意であるのだけれど、上部両端に僅かに見られる青味が石全体を染めている様をご想像いただけるだろうか。うまく思い描いていただければこの石の全体像を感じていただけるものと思う。

しかし、写真は難しい。小さくきらめく宝石と言う対象をこんなにたくさん撮影するのは初めてのことで、レンズ選択はまだしも、照明の加減がデタラメに難しい。特に、この淡く儚い薄い青は一体どうやったら撮像素子に正しく感光させられるのだろうか?
日々精進
これしかないのでしょうね。
Aquamarine-RoughStone アクアマリン (ダーク・ブルー)  Aquamarine

こちらはケニアでは稀少の部類に属するダークブルー・アクアマリンの原石。

掘り出された時、この二つのかけらは一つの塊だったそうだけれど他の石と一緒にビニール袋に包まれあちらこちらへと運ばれ人手を介する内、一つが二つとなり、ある部分はゴマ粒大や粉末となってうやむやになり――という経緯で、自分のカメラ前に現れたのはこの原石二つ。

 初めてこの石を見せられた友人鑑定士は、「おっ、サファイアか!?」と色めき立ったそうだが簡単な検査ですぐに正体が知れ、且つ、亀裂が多過ぎて研磨する価値もないからガッカリはした。しかし、これだけ色濃いアクアマリンはケニアで滅多にお目に掛かれない。そればかりでなく、国際市場でも上級ランクに属する石になることから、持ち込んだ人物には「捜すべき石の性質」をこと細かに指導したのだと言う。

確かに、上の完成品のシェイプがこの深い青で染まっていたら、それはさぞかし美しく、心惹かれる逸品となることだろう。

[※アフリカのMaliにまつわる与太話※ <2> 水深5メートルの退職金 〜「300万ドルで宜しければ…」と、担当者は言った〜 Part2]

 ――

 「去年、皆さんとの仕事を済ませて少し経った頃、またナミビアへ行ったのよ。今度は仕事ではなくバケーションで、友人の持つクルーザーに寝泊りして海岸沿いに移動しながら、鯨を見たりスキューバ・ダイビングや魚釣りをする小旅行。そうそう、残していってくれたキッコマンとワサビで釣った魚をサシミで食べたりもしたわ。皆に好評だったわよ。
 「ナミビアの海岸線は岩の入り組んだ複雑な地形に大西洋の荒波が打ち寄せる険しい海が続くのだけど、沖合いに停めたクルーザーからゴムボートで出て岩場の始まる辺りから岸に向かってダイビングをしていたのよ。切り立つ岩や白く砕ける荒波の下は意外に平穏で、干潮を選んで潜ったから深度も5メートルからせいぜい12メートル位。岩場には、それはそれは豊かな生物相が広がっていて興味深いダイビングが楽しめるわ。皆さんも機会があったら潜ってみると良いわよ。――
 「バディの皆、思い思いにあたりを遊泳していて、泳ぐタコを見つけた時、私は一人になっていたわ。タコもサシミで食べると言っていたわよね?自分には無理だけど――、だから、別に捕まえようとしたわけではなくて、泳ぐ姿が面白いから近づいてみたの。タコは捕食者が近づいて来たとでも思ったのでしょう、近くの岩場に向かってスピードを上げたわ。私も捕食者の気分になってキックを強め、タコを追いかけるように泳いでみた。タコは更にスピードを上げ岩場にたどり着くと、根方の窪み目指して一直線に下って行った。私はタコを追いかけるハタかナポレオン・フィッシュになった気持ちで、タコが安全な窪みに入り込んでしまう前に追いつこうとスピードを上げ足を掴もうと手を伸ばしたけど、やっぱりタコの方が早くって一瞬の差で窪みに入り込んでしまったわ。それでも、未練がましく鼻面を窪みに突っ込む捕食魚よろしく、私は中のタコにせめて手先だけでも触れようと伸ばし入れて、まぁ、タコに危機感くらいは感じて貰いたかったのかしら。……
 「指先にタコの感触があったかなかったかはっきりしないけど、タコとの遊びを終わりにするつもりと、せめて一矢を報いた気分になろうとでもしたのね、伸ばした手先で砂を舞い上げ“バイバイ、タコちゃん”とやったその指先にそれが触れ、マスク越しの視界に異質な輝きが飛び込んで来たのよ。
 「南アで生まれ育った私にはそれが何だか、すぐに分かったと思うわ。きれいな四角錐が底面同士でくっついた八面体の透明な結晶。ダイヤモンド原石としては教科書通りの、典型的な結晶なのよ。砂に埋もれたそれを掘り出してみると私の手のひらでは包みきれないほどの大きさで、何年も何年も波に洗われ砂に揉まれた表面には一切の付着物もない。私は、タコのお陰で、ナミビア沖水深5メートル、もの凄い拾い物をしたことがすぐに分かった。マウスピースをくわえたままの口で“Wow!"と、思わず呟いていたわ。」


 もの凄い拾い物のことを彼女は旅仲間に一切知らせず、バケーションを無事終えた。仮に拾い物のことを明かしたら、我も我もとバケーションそっちのけで宝探しに夢中になるか、また、既にそれを手に入れてしまった彼女に皆が以前と同じ気持ちで接してくれるか、そんなことを危惧して黙っていた。
 ヨハネスブルグに戻ると彼女は拾い物を持って世界のダイヤモンド市場を牛耳るデ・ビアス社を訪れた。「鑑定して欲しい物がある」と言う彼女の面持ちと雰囲気に経験豊富な受付の中年女性は何事かを感じ取ったのだろう、上客向けの応接室に案内し、間髪を入れず若い男性が姿を現す。彼女が取り出した「拾い物」を一目見るなり、男性は一隅の内線電話を取り上げ上司の指示を仰いだ。電話を切った男性は最上級の丁重さで彼女に同道を願い出、応接室からいくつものドアを抜けエレベーターに乗り分厚い絨毯の敷かれたフロアーの重厚なドアに仕切られた部屋へと導かれる。そうした道具立てにふさわしい身なりと物腰の中年男性が部屋主としており、勧められるまま彼女は革張りの椅子に腰を下ろす。部屋主に拾い物を取り出して見せると、「ちょっと失礼」と言って取り上げ天井のライトに透かし眺める。「あちらの器具で検査させていただいて宜しいかな?」と、機器の並んだ一隅を指し彼女の返事を待つ間もなく大股で移動すると検査を始めた。
 重さを量る機器は分かったけれど、電子レンジのようなものの正体は彼女には不明だった。それらの機器で彼女の拾い物を一通り検査し終えて席に戻り、真新しいセーム皮に載せたそれを丁寧に彼女の前のテーブルに置く。
 「色、形、内包物、そしてサイズと、稀に見る結構な物です。300万米ドルで宜しければ喜んで引き取らせて頂きますが、如何でしょう?」
 300万米ドルは当時の為替レートで4億円を少し下回るほどの金額だった。
 「300万ドル、ですか」彼女は部屋主のオファーを鸚鵡返しにつぶやき、真新しいセーム皮の上で心なし輝きを増したように見えるバケーションの拾い物を改めて眺めた。一瞬眺め、すぐに気を取り直すと「鑑定していただき、ありがとうございました」と言い、「鑑定料は如何ほどお支払いすれば宜しいでしょうか?」と、部屋主の目をまっすぐに見て尋ねた。
 「いや、鑑定料はお考え頂かずとも結構ですが、当方のオファーにご不満がおありなら遠慮なく仰って下さい」
 「いえ、想像以上のオファーを戴き不満などございません。ですが、少し考えてみたいので今日のところは鑑定料だけお支払いして失礼したいと思うのです」
 「なるほど。それだけの品物ですからね、二つ返事というわけにも参りませんでしょう。いや、鑑定料は本当に結構ですからお忘れいただき、価格に付いては、我々以上の金額をオファーする業者がもしありましたら、お手数ですが当方にもご相談下さい。決してご損をお掛けするようなことは致しませんので」
 部屋主はそう言って名刺を手渡し、案内してきた男性にはビル外までの付き添いを命じ、自身もエレベーターに彼女が乗るまで見送ってくれた。

 デ・ビアス社を出た彼女は自分の口座がある銀行の最寄の支店に行き、貸金庫を一つ契約した。一番安いものを、と手続きを終え拾い物を入れようとしたら深さが足りず、引き出しが閉められなかったので一段階高額な金庫に契約換えしなければならなかったが、ひと声で4億円の値が付いた拾い物を安全で普段目に付かない場所に仕舞えたことで、バケーションの拾い物の一件は片付き、彼女はホッと一息ついて、普段の暮らしに戻ることができた。

――

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ペリドット(カンラン石) Peridot

正直に書くと、こんな名まえの宝石はまったく知らなかった。
けれど、古代エジプトで「太陽の宝石」と呼ばれクレオパトラが愛用した宝石の一つである、とものの本にある。また、隕石や月の岩石にもこの成分が含まれていることが知られているともあり、どうやら知らぬこちらが不勉強と思わされる、由緒正しい石であるらしい。

上質な石はミャンマーやパキスタン産と、インド亜大陸が本場らしいけれど、ゴンドワナ超大陸までさかのぼれば「世界は一つ、人類はまだまだ」という同じ土俵にのってしまうわけだから、まぁ、アフリカ大陸でも同じようなものは産する。

右の原石だけでも色・艶は十分に魅力的だ。なにより、どれも粒が大きく堂々としている。これを更に磨いたら――さぞかし立派な石が出来上がることだろう。
けれど、その色彩を写真に的確に写し撮るのは、また、ひと苦労なのだろうなぁ。
Peridot

Citrin シトリン (黄水晶) Citrin

フランス語でレモンを意味する「シトロン」から名付けられたと言う。実物はその名の通り黄色系の淡く儚げな色彩を放つのだが、左の写真には十分に写ってはいない。精進を重ね、的確な色が出せたら写真は随時差し替えたい。

現在販売されているほとんどのシトリンは、アメシストを加熱したものということだけれど、貧しい当地でそんな手間をかける余裕はないので、左のシトリンは完全なる天然物。地面から掘り出した物を丁寧に削り磨いただけの産物である。
上下に129面、ガードルの16面を合わせ合計145面体に削られ、繊細に研磨されたこの大粒のシトリン。微細なその各面が入射光を反射するあり様はいつまで見ていても飽きることのない多彩なきらめきを放つ。しかるべき硬度と透明度のある石をただ丹念に削り磨くだけで無機物が豊かな表情を見せてくれる。きらめき、輝き、光と戯れるひと時を掌中にさせてくれる。驚きであり、ただ持っているだけでも心に温かみを抱えていられるような、そんな存在感のある石だ。


この石は特に36.20カラットと大粒で、直径22ミリ、高さも15ミリある。大きな結晶を得やすい黄水晶であるとは言え、持ち重りのするこの一品は大き目の部類に属し、気持ちに入り込んで来るナニモノかを持っている石であるなぁ、と、写真を撮る前後にもしみじみと眺め弄くりまわさずにいられなかったほどに綺麗な石だ。


[※アフリカのMaliにまつわる与太話※ <2> 水深5メートルの退職金 〜「300万ドルで宜しければ…」と、担当者は言った〜 Part3]


 4億円の拾い物の話しを聞いた翌日。友人と取材陣一行は彼女の運転するランドローバーで一路ナミビアに向かっていた。
 日本からヨハネスブルグまでの空の旅の疲れに加え、前の晩に聞いた拾い物の一件が脳裏に淀み、日本勢は全員、心身ともにぐったりとローバーの硬いシートにへたり込んでいた。
 南アのハイウェイは幅広で交通量も多くなく、長距離移動は国内より快適と言っても良いかも知れない。
 「300万ドルもの資産を得たのに、なんだって未だにこんな仕事をしてるんだ?!」
 前夜来内心にくすぶり続ける疑問を、友人のディレクターが唐突に、直截に、運転席の彼女にぶつけた。
 「... I love this job. I DO LOVE this job of mine, that's all.」

 突然舞い込んだ巨額の富について、彼女は彼女なりに多くのことを考えた。それだけの現金があれば定期預金の利子だけでも豊かに暮らして行けるだろうし、立派な賃貸住宅を建て家賃収入を求めれば利子以上の収入が確保できるだろう。また仮に、最も怠惰な方法として、その資金を単純に食い潰すとしても、今の生活レベルなら50年以上は維持できてしまう。けれど――、と彼女は考えた。利子にしろ家賃にしろ生活のために必要な収入が確保できて職を辞めたとして、そこから生まれる余分な時間を私はどうやって過ごすのだろう?

 政府が認定するガイド資格試験を18才から段階的に乗り越え昇り、今、最高峰である「ハンティング・ガイド」資格試験にも合格して、世界各地から南部アフリカを体験しに来る観光客にこの土地の素晴らしさを見せ体験して貰うこの仕事。試験勉強と実地訓練の辛苦も含め、その歳月のすべてが自分にとってまぎれもない充実の日々であった。――
 だから、と、彼女は簡単に結論を導き出した。
 この仕事をいま辞める理由は何もない。余分な金銭も今は必要ない。持ったこともない大金を手にして、その管理に時間や気持ちを奪われるのも賢いこととは思われない。
 原石はあのまま銀行の貸金庫で、海底にあったと同様、静かに眠っていれば今はそれが一番良い。20年か30年かの後、サファリ・ガイドの仕事が出来なくなったらその時に取り出して、必要なことに使えば良い。そう、あの原石は、約束された私の退職金だわ。――



 そういう次第でナミブ砂漠で1ヶ月強、友人一同は彼女の案内で野生動物の生態撮影にまた励み、彼女は彼女で、暇な時間にはプラスティック袋を持って散策しては小遣い稼ぎの石拾いを変わらず続ける、いつものロケが滞りなく行われた。

 ちなみに、相変わらず石拾いを続ける彼女を、「300万ドルのダイヤがあるのに!」とディレクターが揶揄すると、
 「貸金庫が大き目のになってしまって毎月のレンタル料がバカにならないのよ!」と彼女は答えたそうだ。
 ――なんだか、可笑しい。


[了]


Opal Rough オパール  Opal

オパールの原石。
この石は水を吸収する性質があるのだと言う。岩石が水を吸うとは何だか不思議な気がするけれど、製品化された後の保存に宝石店などでは保湿性の高い容器を使うという。乾燥して内部の水分を蒸発させてしまうとぱっくり割れてしまうことがあるからだそうだ。なんだか、餅みたいな鉱物である。

この原石は、ケニア北部エチオピア国境に近い辺りで取れた物。
光の当たり方や見る角度の変化に応じ、表面のすぐ下からその奥にかけさまざまな色彩が形を変え浮き上がって来る。きちんと磨けば面白い石になりそうなのだが、自分の周囲にオパール磨きのノウハウを持った者がない。前述の「吸水性」に絡む性質と石本来の硬度とが相まって、磨くには特殊な道具が必要であるかららしい。オパールのケニアでの産出量は多くないので、特殊工具に投資にしても割が合わないからなのだろう。 残念だ。 この写真に見える赤・黄・緑が石を少し動かすだけで変幻自在に交錯する有様が、磨いた石ならきっとはっきり見られるだろうに。

※アフリカのMaliにまつわる与太話※ <3> 

ケニアで最初にルビーを掘り当てたのは日本人
〜「与太」と呼ぶべきではない話〜

 与太話<1>の末尾にも書いたけれど、40〜50年前の日本人が昨今の国民性とはかなり異なる心性と行動力を有していたことが窺われる、もう一つ別のお話し。

 ケニアを拠点に鉱山経営・宝石商売をしていたのは<1>に書いた破天荒な人物だけではない。
 破天荒氏に先立つこと数年、情報も何もないケニアに単身乗り込み、鉱山開発に心血を注いだ人物がいた。実のところ、破天荒氏はこの先達の高名に触れ、弟子入りする形で渡航してきたのだから、先達K氏こそ本当の意味での「パイオニア」と呼ぶにふさわしい人物である。
 
 1970年代初頭のケニアがどんな様子だったのか、'82年後半に初めてこの地を踏んだ自分には想像するしかないのだけれど、自分がケニアに来た当時ですら日本国内で入手できるアフリカ情報は極々限られたものでしかなかったのだから、更に遡ること10年と言えば一体どんなだったのか。――そんな状態のケニアに宝石捜し、一攫千金の夢を実現しようと渡って来てしまう。

 昨今の日本のニュースに、海外駐在を嫌う若い世代の話題が取り上げられる。業務の性格上海外勤務が必須の大手商社員にすらその傾向が顕著に見られるというに至っては、一体何がどうなっているのやら、この世代が世界の在り様をどう捉え一回こっきりの人生をどの様に送ろうとしているのか、その人々が運営して行く日本という国が地球社会でどの様な位置を維持して行くのか、暗澹たる心持ちが基調の危機感を相当に感じてしまう。
 海外に出て行くことが絶対的に是であると言う訳ではない。日本にいた頃、仕事で少しだけご縁のあった国文学・民俗学の大御所、慶応大学の池田弥三郎教授は、「日本に未だ知らぬこと分からぬことが山ほどあるのに、海外へなぞ行っている暇はない」と断言され、事実、海外渡航経験は皆無であられたと記憶する。それはそれで立派な見識であると感服するばかりであるけれど、貿易を抜きにしては立ち行かない日本と言う国家の未来を担う世代の平均値が「海外は嫌だ」と言うのは、やはりマズイ。ましてや、インターネットという未曾有の媒体を得て「世界」あるいは「地球社会」という概念と実相が大きく変貌を遂げようとしているこの時期である。食料自給率が50%にも満たぬ国家の構成員が「海外は嫌だ」と言っていられる状況ではないと考えるのだが、どうだろう?

 閑話休題――、それはさておき。
 
 K氏はパイオニア精神に溢れた方で、ケニア国内の新たな鉱山を捜して未踏の地へもずいぶんと入り込まれた。
 地形図・地勢図から見当を付け、出そうな場所へキャンプ道具・発掘道具満載の4輪駆動車でゴトゴトと行く。気にかかる川辺などにキャンプを張り、川を浚い岩を砕きMaliの有無を確認しながら奥へ奥へと入り込む。――川底からも出ない、岩を砕いても見つからない、と意気消沈して地元の集落を通りかかり地べたに座り込んで遊ぶ子どもらの手元をふと見ると、子らが色鮮やかなサファイア原石でオハジキ遊びに興じていた!ということが本当にあった、と言う。
 後年、奥地での豊富な経験と知見を活かして日本の学術調査隊を案内され、貴重な人類化石の発見発掘に多大な貢献を果たされこともあった。また、ナイロビに構えた事務所は日本からの貧乏旅行者に溜り場のように自由に利用させていたそうで、中には事務所に寝袋を持ち込み、「留守番」と自称して半ば住みついてしまう者も現れたそうだ。面倒見の良い親分肌の人柄がこれらのことからも知れるが、十分な資産を形成された後私財を投じ義援金を募ってケニアの孤児救済・貧困撲滅事業に取り組まれた。貧乏旅行者に事務所を自由に使わせたのと同じ心根の延長上のことなのだろう。

 サファイア原石でオハジキをする子どもに出会えたのは、幸運ではあったろうけれど全くの偶然の成せる業、という訳ではない。地形・地勢を地図上に読み、無駄足覚悟で悪路を幾週間も行く決意と熱意があったればこそ巡り合えた幸運である。英領植民地であった時代から宝探しの白人ヤマ師も多数あったに違いない。が、その人々が出合えなかった幸運にK氏独りが巡り合ったのは、決意熱意の差であったのか地図読み能力の差であるのか、ともかく、幸運というだけではない何事かの取捨選択にK氏独りが秀でていたからに相違あるまい。

 その同じK氏独自の<秀でたナニモノか>が、【ケニアにはない】が常識化していたルビーの発見に、同氏自らを導いたのだろう。
 先駆者や地質学者、その他大勢の実体験者たちがこぞって「ない!」と言い切っていたルビー。だが、K氏は自らの知識・体験その他に照らし「ないわけがない」とある時、結論を下す。そこで再び4輪駆動車に荷物を満載、奥地へ出かける。
 人より抜きん出た仕事を成し遂げる人間には共通した長所が認められると思う。
 法廷で敗訴しても「それでも地球は回っている」と呟いたガリレオも、ニュートン力学の定理に反し「重力で光が曲がる」という計算結果に当初戸惑いながらも結局は相対論を完成させたアインシュタインも、定評・風評・先人の定理に反する自己の結論に飽くまで拘り真理を導き出した。ここで大切なのは、定理に反する結論を出した己を客観評価する知識・知力・見識を自己がどれだけ有しているか、ということだろう。井の中の蛙的視野狭窄から導き出される結論がおしなべて珍であるのは、この「客観評価」というプロセスを経ることがないからだ。陳腐な思い込みと独創との彼我を分けるのは、自己に対する客観評価というプロセスをいかに真っ当に行うかに係っているのだと思う。
 
 再三の閑話休題。
 
 結局、K氏は正しかった。
 海岸地方にほど近いとある鉱山で予測通りルビーの原石を掘り出し、ケニア自然資源省の「産出品リスト」に<ルビー>の一項目が新たに書き加えられることになった。 そのルビーは現在に至るまでケニア産出品の上級品目として高値で取り引きされる宝石であり、ほそぼと発掘を続ける
ローカル鉱夫には「ルビーを掘り当てる」という明解な目標を提供し続ける、重要産品の地位を保ち続けている。

[了]

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